デス・オーバチュア
第7話「紫光の魔剣士」



紫は魔性の色。
光でも闇でもない純粋なる魔。
魔自体は闇でも悪でもないが、人間は魔に対して闇と悪のイメージを持つ。
基本的に、人間の中に紫の瞳や髪をした種族はない。
そして、魔族の中には確かに紫の瞳をした者が多い。
闇の色である黒、魔性の色である紫、それが魔族にとってよくある色合いだった。
それ故に、、紫という色を恐れたり、忌み嫌う人間は多い……。




獣人の男は、目の前の存在に恐怖を感じていた。
普通の人間とは比べものにならない程の怪力と生命力を持っているにも関わらずにである。
それは突然現れた。
鮮やかな紫の髪と瞳の少女。
男装というわけではないだろうが、髪の短さと、着こなしている軍服のような紫の服のせいで、男性的なイメージを感じさせる少女だった。
少女は腰に差した剣を抜く。
紫水晶のような宝石で刀身のできている不可思議な剣。
少女が片手で持った剣を無造作に振りかぶると、刀身が紫色に輝く。
一閃。
少女が剣を振り下ろすと同時に、男の仲間が三人、斜めに真っ二つに切り裂かれていた。
少女は再び剣を振りかぶる。
少女が紫色に妖しく輝く剣を振り下ろす度に、男の仲間の獣人達が三、四人ずつまとめて真っ二つに裂かれていった。
一分と経たずに、五十人近く居た男の仲間は全員息絶え、男だけが取り残される。
「化け物……」
男が無意識に呟いた一言に、先程まで無表情で殺戮を無言実行していた少女が微かに眉をひそめて、初めて感情を露わにした。
刹那。
男と三、四歩の間合いのあったはずの少女が、男がまばたきした次の瞬間、男と半歩の間合いにまで移動していた。
紫水晶の刀身が男の首筋に突き付けられている。
「……なぜ、私を化け物だと思う?」
少女がここに現れて初めて言葉を発した。
淡々としているが、どこか甘い声。
「……えっ?……あっ……」
「…………」
「……その……紫の瞳?」
「……っ!」
初めて少女の顔に明らかな感情が浮かんだ。
怒り、憎悪。
「瞳の色は関係ない! 色は!」
紫水晶の刀身が美しくも妖しい紫の輝きを放つ。
紫光が刀身を包み込み、幅広の新しい刀身を生み出した。
男は悟る。
これだ。
仲間達は紫水晶の刃で切られたのではない。
紫水晶から放たれる光、紫光(しこう)の刃で切断されたのだ。
しかも、今度は今までの一瞬の発光とは違う。
新たに刀身を生み出したように見える程の激しすぎる紫光だ。
少女は剣を振りかぶると、今までとは比べものにならない程の強さで振り下ろす。
激しい怒りと憎悪を顔に浮かべて、剣を振り下ろす少女の姿は、恐ろしく、そして美しかった。
紫光の刃が男に迫る。
そこで男の意識は途絶えた。




紫光の刃は男の体を左右に真っ二つに両断し、その際に生じた衝撃波が男の肉塊を跡形もなく消し飛ばしていた。
少女はいまだ収まりきらない怒りを叩きつけるように、剣を鞘に乱暴に収める。
少女以外、死体しか存在しない場所に、唐突に拍手が響いた。
「いやあ、お見事でしたよ、ネツァクさん」
「コクマか。私に全て押し付けて、どこで遊んでいた?」
少女……ネツァク・ハニエルは慌てずにゆっくりと声のした方を振り返る。
神父のような黒一色の礼服を着た長髪の男、コクマ・ラツィエルが薄笑みを浮かべて立っていた。
「いえいえ、獣人の五十人や百人、ネツァクさん一人で余裕だと思いまして、私はその辺を少し物色させていただいてました」
「……火事場泥棒?」
「いえ、結局何も盗っていませんよ。所詮、歴史も学もない獣人の集落、日々の生活のための物以外何もありませんでしたよ」
「…………」
ネツァクは紫の瞳でコクマを凝視する。
「はいはい、解っていますよ。本来の使命を忘れるなでしょ?」
「解っているならいい。ここにはもう用はない……行くぞ」
ネツァクはコクマから目をそらすと同時に踵を返し、歩き出した。
「はいはい」
ネツァクの後を追うとしたコクマの視界に、上半身と下半身を斜め一文字に両断された無数の死体が映る。
「こうなっては人間以上の生命力を持っていても意味はありませんね。寧ろ、即死できないこともあるだけ悲惨ですね」
コクマはパチンと指を鳴らした。
それだけで、全ての死体……肉塊が燃え上がる。
「さて、私もたまには運動をしますか」
コクマはそう呟くと、ネツァクの後を追って歩き出した。



北の白と、北西の緑、その堺の色は茶。
二つの国の境に割り込むように、存在しないはずの国、獣王国セピアはある。
国と呼ぶにはあまりに狭く、城すらなく、集落と呼ぶ方が正しいのかもしれない国だった。


「右手に見えますのが獣王国セピアでございます〜」
「……ていうか、これは跡地とか言うんじゃないの?」
ふざけた態度で観光案内の真似事をするルーファスに、クロスは的確なツッコミを入れた。
「まあ、数百年前に滅ぼうが、五分前に滅びようが、滅んでいたら跡地だろうね。あ、廃墟と呼ぶべきかな?」
ルーファスは周囲を見渡しながら言う。
焼け野原。
それが一番的確にその場所を表現する言葉だった。
「まあ、元々存在しないはずの国が消えたってたいして問題はないよね」
「……問題ない?」
無言で焼け野原を眺めていたタナトスがルーファスの発言にピクリと反応する。
「元々、国なんてたいしたものじゃなかったしね。その辺の村なんかよりはちょっと大きな……負け犬達の村」
「そう言えば、犬男って聞いたこと無いわね、狼男ならともかく……」
「じゃあ、負け狼達の村だな」
「別に、狼だけに限らないんじゃない? 獣人たって色々な種類がいるだろうし……」
「まあなんにしろ、俺は獣なんか相手にする趣味はないから、どうでもいいんだけどね」
「ああ、そっちの趣味はないのね」
「俺はタナトス一筋だからね」
「…………」
タナトスは言葉を失っていた。
この二人の会話にいったいなんて口を挟めばいいのだろう?
ルーファスだけだったら、どこに重点を置いて注意すればいいか解らなくても、とりあえず怒るという手もあるのだが、クロスも会話に参加しているとなると、そう簡単にはいかなかった。
可愛い妹のクロスをルーファスと同じように扱うわけにはいかないし、姉としてクロスの前でみっともないところを見せるわけにもいかない。
そういったことを気にしているせいもあって、タナトスの口数はルーファスと二人きりの時より減っているのだった。
「さて、俺達の仕事はセピアを守れってわけじゃないからね、さっさと目的地に行こうか」
「そうね、急ぎましょう、姉様」
ルーファスとクロスは、さっきまでのふざけた感じの掛け合いなどなかったかのように態度を切り替えている。
「ああ……」
タナトスはただ頷くしかできることはなかった。



ネメシスは暇を持て余していた。
ネメシスはファントムの一員ではない。
ファントム十大天使の一人であるイエソド・ジブリールの食客にすぎない立場だった。
ジブリール相手にメイドの真似事をする以外に特にすることもない。
ちなみに、Dも同じ食客の立場なのだが、ネメシスと違って、真似事でもジブリールに仕えるような素振りを見せることは決してなかった。
ジブリールもそのことを特に気にするわけでもなく、寧ろ、ネメシスにもDのように好きにしていいと言うのだが、言われるまでもなく、ネメシスは好きにしていた。
好きで、メイドの真似事というか、仕えるような真似をしているのである。
自らの『性』を満たすための代償行為として……。

「一カ所に集っている?……三つ?……光、死、そして……一つの大陸に5人も集まるなんて……前代未聞だよね」
何もない虚空を見つめていたネメシスは、一人呟くと、楽しげに口元を歪めた。
『楽しそうですね、ネメシス』
姿無き声が唐突にネメシスの脳裏に響いてくる。
しかし、ネメシスは少しも動じることもなく、その声に応じた。
「ええ、正直退屈していたしね。ジブリール様のつき合いでここに居たけど、ここを敵に回した方が楽しかったかな〜とか後悔する程……敵と呼べる相手が居なくて……欲求不満だったのよ」
『…………』
「あたしはティファレクトやジブリール様みたいに一方的な殺戮に快感なんか感じない。あたしは『戦い』がしたい……自らと互角以上の力を持つ相手と死力を尽くして殺し合い、紙一重で相手を凌駕し屠る……これ以上の楽しみはないね」
ネメシスは口元の笑みを深める。
『貴方にとってはそれはなかなか叶わぬ願いなのですね』
「まあね、ジブリール様やあなたの旦那様みたいな化け物はなかなか居ないからね……とっ!」
突然、ネメシスは右手を高速で振った。
空間が破裂するような音が響き、虚空からDが姿を現す。
「お帰りなさい、D」
「お話の邪魔をしてしまいましたか、ネメシス?」
Dは何事もなかったように、優雅な仕草で床に降り立った。
「気にしなくていいよ、ここには元々あたししか居ないから……」
「……そうですか、確かにそうですわね」
Dはなぜか悪戯っぽい笑みを浮かべて同意する。
「ところで、貴方の無聊の慰めになればと、面白い話をお持ちしたのですか……」
「それは嬉しいよ。今、お茶の用意するから、ゆっくり聞かせてくれる?」
「ええ、喜んで」
Dは優しく微笑むと、ネメシスと共にティータイムの準備を始めた。


























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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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